裁定による著作物の利用〔EXPLOITATION OF A WORK BASED ON A COMPULSORY LICENSE〕

裁定制度の全体像
著作権者不明等の場合の裁定
著作物の放送等についての裁定
商業用レコードの録音等についての裁定

 

裁定制度の全体像
 著作権法第8節(裁定による著作物の利用)
 ◎著作権法第67条(著作権者不明等の場合の裁定)
  〇法第67条の2(裁定申請中の著作物の利用)
 ◎著作権法第68条(著作物の放送についての裁定)
 ◎著作権法第69条(商業用レコードへの録音等についての裁定)
 ◎著作権法第70条(裁定に関する手続及び基準)
 この裁定は、compulsory license(強制許諾)と呼ばれる制度であり、著作権者の許諾を得られずとも政府が社会公益上の見地から著作権者に代わり許諾を与えるものである。法第68条は、加戸守行(2021)によれば、「放送の果たすべき公共的機能を円滑に発揮しうるよう著作権者側の権利濫用を抑制する」目的で策定されている。しかし、これまでこの裁定が利用された例はない(加戸(2021),作花文雄(2010))。
 法第69条は、作家専属制による特定のレコード会社等の録音権・譲渡権を排除することにより、音楽の流通を促進し、音楽文化の向上に資することを目的としています。この裁定の対象となる音楽の著作物には歌詞及び楽曲が含まれるものの、作花文雄(2010)によれば、条文にはないが、オペラ・ミュージカル等の楽劇的な著作物は、この裁定の対象とはならないという。(加戸守行『著作権法逐条講義』七訂新版,著作権情報センター,2021, p.536-542./作花文雄『詳解著作権法』ぎょうせい, 2010, p.436-437.)

著作権者不明等の場合の裁定
 公表された著作物又は相当期間にわたり公衆に提供され、若しくは提示されている事実が明らかであ る著作物を利用しようとする者が権利者に許諾を求めようとしても、著作権者が不明等のために許諾を得ることができない場合に、国(文化庁長官)の裁定により通常の使用料額に相当する補償金を供託し、適法に利用することができるようにする制度(著作権法第67条)。この制度は、社会公益上の見地から、著作物の利用の円滑化を図ることを目的としている。ただし、裁定申請の前提として、権利者に許諾を得るために「相当な努力」をしてもできないことを疎明する必要がある。
文化庁長官が裁定をしたときは、文化庁長官は、権利者への通知に代えて官報で告示するとともに申請者へ通知する。この規定は、権利者の行政不服審査法による審査請求の機会を与えようとするものである。

 ここで、「著作権者不明」と「その他の理由(著作権者不明等)」について整理しておく(例示)。

著作権者の不明→〇著作者(著作権者)が不明の場合
その他の理由→→〇著作者名(故人)は分かるが遺族等著作権者が不明の場合
        〇著作権者は分かったが、居所が不明の場合

〇裁定申請中の著作物の利用(法第67条の2第1項)

 文化庁に裁定申請を行い、文化庁長官の定める額の担保金を供託すれば、著作者が著作物の利用を廃絶しようとしていることが明らかな場合を除き、裁定の決定前であっても著作物等の利用を開始することができる。
 裁定申請書では、申請中利用の有無について、「有り」又は「無し」と記入するよう求めている。
 なお、法定要件を満たさなかった等の理由で「裁定をしない処分」を受けた場合は、著作物等の利用を中止しなければならない。

 申請中利用を行う場合、利用前に文化庁長官が定める額の担保金を供託する。担保金の額は、補償金の額の決定と異なり、文化審議会への諮問は不要となるが、申請書記載の「著作物等の利用方法」、「補償金の額の算定の基礎となるべき事項」等が勘案されて決まる。担保金の額の決定後に文化庁から申請者に書面で通知される。通知を受けた担保金を最寄りの供託所(法務局)に供託し、これが完了したことをもって著作物等の利用を開始することができる。

 著作物等の利用を行う場合には、その複製物に、次のような表示を記載しなければならない。

【記載例】
このDVDは、令和〇年〇月〇日に著作権法第67条の2第1項の規定に基づく申請を行い、同項の適用を受けて作成されたものです。(『裁定の手引き』令和3年4月版,文化庁,2021,p.30.)


著作物の放送等についての裁定
 公表された著作物を放送しようとする放送事業者が、放送の許諾について著作権者と協議したが許諾を得られなかった場合、又は放送の許諾について協議を求めたが、著作権者側がその協議そのものを拒絶する場合に、国(文化庁長官)の裁定を受け、かつ、通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金を著作権者に支払い、その著作物を放送することができるようにする制度(著作権法第68条)。この制度は、「放送の果たすべき公共的機能を円滑に発揮し得るよう著作権者側の権利濫用を抑制する」(加戸守行『著作権法逐条講義』七訂新版,著作権情報センター,2021,p.537.)趣旨で設けられている。
 文化庁長官が裁定をしたときは、文化庁長官は、権利者と申請者との双方へ通知する。この規定は、権利者の行政不服審査法による審査請求の機会を与えようとするものである(著作権法第70条第6項)。
 しかしながら、規制改革推進会議(内閣府本府組織令に基づく内閣府に設置された諮問機関)による「規制改革推進に関する答申」の2020年7月2日現在、放送での利用についての裁定は、制度が設けられた1970年以降、制度自体の利用実績がない(同答申p.43.)。
 なお、著作権者不明等によって権利者に連絡することができない場合における著作物の放送の裁定については、第68条の規定ではなく、第67条第1項の規定による。

商業用レコードへの録音等についての裁定
 商業用レコードが最初に国内において販売され、かつ、その最初の販売の日から三年を経過した場合において、当該商業用レコードに著作権者の許諾を得て録音されている音楽の著作物を録音して他の商業用レコードを製作しようとする者は、その著作権者に対し録音又は譲渡による公衆への提供の許諾につき協議を求めたが、その協議が成立せず、又はその協議をすることができないときは、国(文化庁長官)の裁定を受け、かつ、通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金を著作権者に支払い、当該録音又は譲渡による公衆への提供をすることができる制度(著作権法第69条)。この制度は、かつてレコード会社が作曲家・作詞家と専属契約を結んで創作した楽曲・歌詞の録音権・譲渡権を独占すること(作家専属制)が広く行われていたことから、音楽の流通を促進し、音楽文化の向上の観点から、この独占を排除するため設けられている。最初に録音された商業用レコードが発売されてから3年間を経過すれば、国(文化庁長官)が強制的に許諾を与えるとするものである。
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